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Pick-UP(Books)
本書は、ポスト9・11時代において、イギリスの移民第二世代(以降の)ムスリムが、いかに信仰を維持しつつ、イギリス社会に参与しているのかという点を解明することを目的としている。その際、再帰的近代化のアイデンティティ論を分析枠組みとし、「ムスリムであること」と「イギリス人であること」がどのように結びつけられているのかを検討している。そのため、89名(女性57名、男性32名)のイギリスの移民第二世代の若者ムスリムへのインタビュー・データを分析した。その結果、イギリスの移民第二世代ムスリムは、イスラームとシティズンシップが対立せず、逆に前者が後者の前提となると考えている点が明らかとなった。またそれは、情報化を背景とした宗教的知識の習得と解釈を通じた、「信仰の個人化」によって可能となっている。この結論は、イスラームと西洋社会の「文明の衝突」史観を否定し、また近年、議論されている「多文化主義の失敗」言説の妥当性に疑問を突きつけるものである。本書は、イスラームを「生きられた宗教」として描くことで、歴史や教義を中心に紹介されてきた従来のイスラーム理解を更新する点で、学術的のみならず社会的に意義を有している。
『リベラル・ナショナリズムと多文化主義―イギリスの社会統合とムスリム』
(勁草書房 2020年)
ポスト多文化主義の政治哲学理論である「リベラル・ナショナリズム論」を、イギリスの社会統合政策、とりわけムスリムをめぐる政策の分析を通じて評価をおこなった。リベラル・ナショナリズム論は、文化的多様性への不安が高まる1990年代以降、多文化主義への批判を背景に現れた政治哲学理論である。この理論は、市民的に定義されたナショナル・アイデンティティと民主主義的価値の共有を通じた社会統合の実現を主張している。イギリスは、新労働党政権時代(1997-2010年)、移民・難民の急増、イスラーム過激主義によるテロを経験するなかで、「ブリティシュネス」という表象を通じて、多様性の包摂と社会的結束との両立を目指しており、その意味で、リベラル・ナショナリズム論の一事例として位置づけられる。本書は、リベラル・ナショナリズム論が社会統合の理想を実現するためには、多文化主義が先在することで、ナショナル・アイデンティティが十分に包摂的となっていることが重要であると結論している。
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